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能術入門エッセイ: 金メダルは「目標」 人生の「目的」はもっと高いところにある

冬季五輪、サッカーW杯、そして来年のラグビーW杯、再来年の夏期五輪と、国際的なスポーツ大会が目白押しです。

選手たちは、国内で実績をあげて代表に選ばれ、大会で最高のパフォーマンスを披露し、世界一の称号を獲得することを目指します。

しかし、彼ら彼女らは、ただ金メダルが欲しくて、スポーツに人生を捧げているのでしょうか。

ソフトボール日本代表は、北京オリンピックで金メダルを獲得しました。

日本代表の目標は、もちろん金メダルでした。アメリカという強敵を破り、世界一の称号を手にすることは、チームの悲願だったでしょう。しかし、代表選手たちがどうしても金メダルを取りたいと思ったのには、もっと強い理由がありました。

ソフトボールは、北京大会を最後にオリンピックの競技種目からはずされることが決まっていました。そんな中、代表選手たちは、日本人に対して、「ソフトボールの魅力をもっと知ってほしい」、そして、「ソフトボールをオリンピックの種目に復活させるための運動を国内で盛り上げてほしい」という強い思いをもっていました。だから、彼女たちはどうしても金メダルを日本に持ち帰りたかったのです。

同じような思いは、サッカー女子日本代表のなでしこジャパンにもありました。2011年のワールドカップで金メダルを獲得しましたが、彼女たちにとって、ワールドカップで優勝することは、「女子サッカーを日本でメジャーなスポーツにする」という思いを実現するための通過点にすぎませんでした。

個人競技の選手はどうでしょう。

ロンドン五輪・体操で、個人総合の金メダルを獲得した内村航平選手は、金メダルの喜びよりも、「まだ表現していない体操がある」と、これからに向けての自分の課題を強く語りました。彼にとって体操とは、いついかなるときでも、身体表現の限界に挑戦することであり、金メダルは、その時々の結果でしかなかったのです。

人々との交流から、力をもらうアスリートもいます。

アテネ五輪、男子ハンマー投げ金メダリストの室伏広治選手。

アテネから7年後の2011年、室伏選手は東日本大震災の被災地を訪ねて回りました。アスリートとしてはピークを過ぎたと自他ともに認める中、「自分がメダルを取ることで被災者、特に子供たちを励ましたい」と強く思い、その年の世界陸上で金メダル、翌年のロンドン五輪では銅メダルを獲得しました。

日本の選手のエピソードをいくつか挙げました。

くどくどと解説をつける必要もないと思いますので、簡単にまとめます。

彼ら彼女らにとって、金メダルを取るという「目標」は、単なる「通過点」に過ぎない。

金メダルよりもっと価値のあるもの、スポーツ人生のすべてを賭けて叶えたい「強い思い」があった。

それらはすべて、自分よりも他人、とりわけ自分の後に続く人たちに、喜びや励まし、生きる力を与えるもの。

世界で活躍するアスリートたちは、その時々の自分の「目標」をしっかり定めることはもちろん、生涯にわたって自分を突き動かすもの、これがなければ人生に意味などないとまで言えるような、自分の人生の「目的」を持ち続けています。

彼ら彼女らに、「なぜその目的を持つようになったのか」と聞いても、もしかしたらはっきりとは答えられないかもしれません。でも、彼ら彼女らの思いがどこへ向かっているかを知れば、聞くまでもないような気がします。まわりの人たちが、自分を励まし、見守り、育ててくれたおかげで、自分は一流のアスリートになれた。だから自分も、同じことをしたい。…おそらく、みな異口同音に、そのようなことを話すにちがいないと思います。

オリンピックに出るようなアスリートだけが、そのような「人生の目的」を抱くのでしょうか。そうではないと思います。今この文章を読んでくださっているあなたにも、自分を育て、生きる力をくれた人々がいるはずです。その人たちから学んだことや受け継いだものを、あなたは別の誰かに伝えることができます。いや、伝えるべきです。自分はオリンピックのような立派な舞台には出られない? そんなことはありません。あなたの人生こそが、あなたにとっての大舞台なのですから。

芥川龍之介は、人生をゴールの見えないスポーツ競技になぞらえて、「人生は狂人の主催に成ったオリムピック大会に似たものである」というブラックな名言を残しました(『侏儒の言葉』より)。そんな人生に嫌気がさしたのかどうかはわかりませんが、彼はみずから命を絶ってしまいます。

でも、人生というオリンピックは、参加する意味もないような虚しいものではないと思います。なぜなら、あなたはたった独りで、わけもわからず走ったり泳いだりしているのではないからです。あなたを人生という大舞台に送り出した人。大舞台に立つ勇気を与えてくれる人。思うような結果が出ないとき、辛抱強く見守り、優しく、時に厳しく励ましてくれる人。そんなさまざまな人たちの思いを受け取って生きているあなたは、人生のオリンピックに参加する資格があるし、参加し続ける責任もあると思います。金メダルよりもはるかに価値のある、あなたの人生の「目的」を目指して。